トヨタ ミライ(MIRAI)長期評価レポートVol.11 チーフエンジニア「田中義和」氏に聞いた【ミライの過去、現在、そして未来】松下 宏がレポート! [CORISM]

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2015/08/21

向かって右:田中義和チーフエンジニア 左:自動車評論家 松下 宏

苦労だらけの開発。なんとか形にしたものの、ミライはまだまだ簡単に生産できるクルマではない!

トヨタ ミライ(MIRAI)
 開発で苦労した点ですか。やはりバケ学(化学)の部分ですね。トヨタ自動車 は何十年も>クルマを作っていますから、機械工学の分野のことならたいていは理解しています。あるいは電気系についても、ハイブリッド車プリウス を作って10数年になるわけですから、それなりに知見を持っています。でも化学的なことになると、まだまだ知らないことが多く、難しいことがいろいろありました。

 具体的な内容はいえませんが、開発がかなり煮詰まった段階で化学的な課題に直面し、どうしたら解決できるのか方向性さえ見えないような状態に陥ったことがありました。幸い解決できたから良かったのですが、あいまいにしておくことのできない課題だったので、そのときには開発のスケジュールを全面的に見直すことも覚悟しました。

 生産技術を確立するのも難しい課題でした。燃料電池のスタックは1mm以下のミクロン単位での精密な加工が必要です。しかも80kW程度の燃料電池なら比較的容易に作れるのですが、114kWの出力を持つ燃料電池となると、格段に難易度が高まります。1台のミライを作るためには、相当量のスタックが必要になりますが、それを安定して作る技術を確立するのが大変でした。

 燃料電池以外の部分でも全く新しい生産技術を必要とする部分がありましたから、燃料電池車を量産するための技術を確立するには多くの苦労がありました。

 それでも生産台数が少ないとお叱りを受けています。なので2016年以降に増産対応を図ることを表明しましたが、正直なところ燃料電池車は、まだまだ簡単に量産できるクルマではないのです。

トヨタ ミライ(MIRAI)
トヨタ ミライ(MIRAI)
トヨタ ミライ(MIRAI)

地道に長年積み重ねてきた研究・開発スタッフの執念が、初の市販FCVを生み出した!

FCスタック

水素から電気を作る仕組みは、まず水素を水素極に供給。水素は水素極の触媒で活性化され電子を放出する。水素から離れた電子が水素極から空気極に流れることで電気が発生する。発生した電気はモーターやバッテリーに送られる。電子を放出した水素は、水素イオンとなり、水素側から固体高分子電解質膜を通り空気側へ移動し、空気極の触媒で空気中の酸素と水素イオンとが電子が結合し、水が生成され排出される

 そのようないろいろな課題を克服しながら、予定通りというか、予定よりも早いくらいのタイミングでミライ を発売できたのは、開発メンバーの執念のようなものがあったからだと思います。

 ご存じのように、私はプリウスPHV を担当していましたから、ミライをやるようになったのはその3年ほど前からです。

 でも、トヨタ自動車としては1992年から燃料電池車の開発に取り組んでいて、ずっと燃料電池を担当してきたスタッフもいるわけです。基礎研究の段階から、その研究が日の目を見るかどうか分からない時期からずっと担当してきたスタッフがいます。そうしたスタッフの「自分のサラリーマン人生のうちに何としても実現する」「物づくりで世の中を変えたい」という執念のようなものが、ミライの早期市販につながったのだと思います。

 従来のFCHVアドバンスは、特定のユーザーを対象にリースするだけでしたが、ミライは一般のユーザーを対象に市販する形にしました。普通の人に普通に乗っていただけるようなクルマでないと、燃料電池車としての存在意義が問われてしまうからです。

FCスタック

水素と酸素を反応させ電気を取り出すFCスタック。最高出力は114kW(155ps)。体積出力密度は3.1kW/Lを誇り、世界トップレベルの実力をもつ

水素タンク

自社開発された水素タンク。水素を封じ込めるプラスチックライナーに、耐圧強度を確保する炭素繊維強化プラスチック層、表面を保護するガラス繊維強化プラスチック層の三層構造を採用。約700気圧の高圧水素タンクで、水素貯蔵量は約5㎏だ

トヨタ燃料電池の歴史

トヨタの燃料電池の歴史は長く、1992年にスタート。地道に積み重ねてきた研究の集大成がトヨタ ミライだ

特許公開の是非は色々あったがトヨタの燃料電池技術が世界に広がることは「開発メンバーのよろこび」でもある!

トヨタ ミライの走行概念図

トヨタ ミライの走行概念図

 そんな苦労をして開発した技術の特許を公開したことについては、社内でも議論がありました。良いものを開発して特許を取ったのに公開するのはいかがなものか、という意見もありました。ただ、トヨタだけで抱え込んでいたのでは燃料電池の技術が広がっていきません。ほかの企業や団体などを巻き込むことで、トヨタの燃料電池の技術を世界に広めることができるなら、開発したメンバーにとってはよりうれしいことになります。

 あるいはトヨタの技術に良い点があり、ほかの企業の技術にもまた優れた部分があるなら、クロスライセンスにして燃料電池の技術を全体として進めていくことができます。

 自動車メーカーに限らずほかの業界からもたくさんの問い合わせをいただき、いくつかの案件で具体的に検討を進めています。自動車以外にも広げることで、燃料電池の技術の進歩が早まると思います。

 燃料電池車の生産には、多くのサプライヤーさんに協力をいただいています。「人とクルマのテクノロジー展」を見て、従来からのトヨタ系サプライヤーさんが、こんなにいろいろなものを作っていただいたのかと改めて認識する部分もありました。トヨタ紡織とかトヨタ車体とか、本当にたくさんのサプライヤーさんにいろいろな部分で協力していただいてます。

 もちろんカーボン素材については新たに東レさんにお願いするなど、新規で加わったサプライヤーもあります。さまざまなサプライヤーさんから協力をいただいてミライを作っているのです。

不利は承知! やらなければ進歩は無い。リスクを取ってでも、未来の水素社会へ道を切り開く!

トヨタ車料別棲み分け図

トヨタもFCVだけでなく、近距離用はEVとして色々なモビリティを用意している

 自動車メーカーとして燃料電池車に取り組むのは、まず基本として燃料の多様化に対応することがあります。ガソリン、軽油、LPG、CNG、エタノールなど、 いろいろな燃料で走るクルマを作っていますし、パワートレーンということでは、HVPHV など電気の力を使って走るクルマを作っています。そうしたエネルギー源の多様化のひとつとして水素があります。

 さらにいえば、中長期的な展望として炭素社会から水素社会への移行というのが見えつつあります。自動車メーカーとしては、当然対応しておく必要があります。それなりのリスクをとってでも燃料電池車の開発に取り組み、市販していく必要があるのです。

 水素の効率についていろいろな議論があるのは承知しています。現時点で単純に考えたら、純電気自動車のほうが効率が高いかも知れません。ただ、だからといって燃料電池車を否定してしまったら進歩がありません。

 今の時点では、多少は不利であるかも知れませんが、燃料電池の普及によって水素の作り方、運び方、貯蔵の仕方などがどんどん進歩していくと思います。それによって水素の効率が高まるものと考えています。

 何度かお話ししていますが、オーストラリアに露天掘りのできる褐炭が大量にあります。その褐炭から水素を取り出し、発生した二酸化炭素を地下に埋めた上で、水素を液化して日本に運んでも、コストやカーボンオフセットの観点から有利になるということで、川崎重工さんが取り組んでいます。

 あるいは北九州では、汚泥から発生するメタノールから水素を取り出すことが検討されるなど、水素の作り方などについてはさまざまな研究が進められています。今後は水素の優位性がどんどん高まっていくでしょう。水素には電気と違って貯蔵できるという特徴があり、運搬なども比較的容易です。水素エネルギー社会に向けた福岡県の取組みへ

 もちろん、だからといって電気自動車を否定するということではありません。深夜に充電して翌日の昼間に近距離を走らせるという使い方をするなら、電気自動車にも大いに存在意義があると思います。低料金の深夜電力を使えば走行コストも安上がりでしょう。

 燃料電池車と電気自動車はそれぞれの特徴を生かしつつ共存していけます。

燃料電池車の普及には時間がかかるが、車種を増やしたり燃料電池の効率を上げながら普及させる努力を続けていく

トーマツ コンサルティングFCV販売台数予測

デロイト トーマツ コンサルティング株式会社 は、日本の燃料電池自動車の販売台数予測。2020年に年間約5万台、経済波及効果は約8,000億円と予想している

 燃料電池車の普及については、簡単な話ではないと考えています。ハイブリッド車を例にとると、1997年に発売した初代プリウスはたくさんは売れませんでした。ハイブリッド車の累計販売台数が急速に伸びたのは最近のことです。2014年9月に700万台に達しましたが、ここにくるのに17年かかっています。しかも600万台から700万台への100万台は最後の9カ月で達成していますから、本当にたくさん売れるようになったのは最近のことといえます。それには石油価格の高騰といった追い風もありました。

 しかも、ハイブリッド車はガソリンスタンドというインフラがあっての普及でした。燃料電池車が、ハイブリッド車のような勢いで普及するのは難しいと思います。我々も今後も効率の良い燃料電池車を作り、さまざまなモデルを設定するなどして開発に努めますが、燃料電池車に普及には長い時間がかかるものと考えています。

もう普通のクルマを開発できないクルマに? FCVは、さらなる航続距離のアップを目指す

トヨタ ミライ(MIRAI)渋滞時の燃費

田中チーフエンジニアは、顧客からJC08モードの650kmとの乖離を指摘されているというが、我々のテストでは平均時速19㎞/hで約5時間走行した結果、燃費は101.2㎞/Lという結果になった。水素タンクの容量は約5.0Lなので約506㎞走れる計算になる。ハイブリッド車と同様程度といった乖離率という印象だ

 これまでにミライを収めたお客さんから、最も不満点として指摘されているのは航続距離です。松下さんは、すでにかなりの距離を走って、高速道路などで相当な距離を走れることを確認していただいていますが、一般道を中心に走られる方からはJC08モードの650kmとの乖離を指摘されることが多くあります。我々としては、FCHVアドバンスに比べたら、大幅に効率を向上させて航続距離も伸ばしたつもりですが、航続距離は長ければ長いほど良いので、ご不満があることはしっかり受け止めています。

 先に申しましたように、ミライでは燃料電池の大幅な効率アップを実現しました。今後は、燃料電池車のシステム全体を軽量・コンパクト化するなどして航続距離を伸ばすことなどを考えていく必要があるでしょう。軽量・コンパクト化が進めば、将来的にはミライよりも小さなプリウスくらいのサイズの燃料電池車も実現できます。

 ミライに関しては、後席の足元を中心に居住性を改善したいと思いますし、燃料電池車として考えたら、クルマとしての魅力を高めたり、生産性を向上させたり、価格を引き下げるなど、やらなければならないことはまだまだたくさんあると思います。

 次に作りたいクルマですか? う~ん、プリウスPHVをやってミライをやりましたから、普通のクルマは作れない体になってしまったかも知れませんね。(笑)

トヨタ ミライ価格、航続距離、スペックなど

■トヨタ ミライ価格:7,236,000円

代表グレード トヨタ ミライ(TOYOTA MIRAI)
ボディサイズ[mm](全長×全幅×全高) 4,890×1,815×1,535mm
ホイールベース[mm] 2,780mm
トレッド前/後[mm] 1,535/1,545mm
車両重量[kg] 1,850㎏
最小回転半径[m] 5.7m
FCスタック型式 FCA110
FCスタック最高出力[kw(ps)] 114(155)kw(ps)
高圧水素タンク容量[L](2本) 122.4L(前方60.0L/後方62.4L)
モーター最大出力[kw(ps)] 113(154)kw(ps)
モーター最大トルク[N・m(kg-m)] 335(34.2)N・m(kg-m)
駆動用バッテリー ニッケル水素電池
容量[Ah] 6.5Ah
サスペンション(フロント/リヤ) ストラット式コイルスプリング/トーションビーム式コイルスプリング
最高速度(㎞/h) 175㎞/h
一充電走行距離距離[㎞] 約650㎞(JC08モード走行パターンによるトヨタ測定値)
定員[人] 4人
税込価格[円] 7,236,000円
発表日 2014年11月18日
レポート 松下宏
写真 トヨタ/編集部

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